まほらの天秤 第8話 |
「スザク、今日は街へ買い物に行きましょう!」 私はようやく見つけたスザクに駆け寄ると、そう提案した。 この屋敷は山奥にあるせいで娯楽は少ない。 南にある海辺の別荘なら近くにお店も遊ぶ場所もあるけれど、此処には何もない。 だから私はモニカに車を出してもらい、街へ買い物へ行く。 事故にあったスザクは、運ばれてきた時は全身が血にまみれていて、あまりの光景に私は気を失ってしまったけれど、出血の割に傷は浅かった。 意識が戻った翌日には、ダールトンから外出許可がもらえるほど回復し、私は早速 スザクと共に街へ行った。街の中をただブラブラと、二人で歩いているだけでも楽しくて、私は二日と置かずに彼を街へと誘っていた。 いつもであれば、彼はあの優しい笑顔を私に向け、二つ返事で賛成してくれるのだが。 「折角のお誘いですが、申し訳ありませんユーフェミア様。私はこれからギルフォード卿と剣を合わせる約束をしております」 今日の彼は、申し訳ありませんと眉尻を下げ、困ったような顔でそう言った。 騎士であるならば、主の命令が最優先のはずなのにと考えてしまうのだが、その考えは先ほどクロヴィスにも注意されていた。 主従関係だったのは慈愛の姫とその騎士。 私たちはまだ出会ったばかりで、私は皇族ではないし、彼は騎士ではない。 それでも、と思ってしまう。 私が言葉に詰まった事に気付いたのだろう、ギルフォードがスザクに声をかける。 「枢木卿、手合わせはまた後日にしましょう」 手合わせはいつでも出来ますから。 ギルフォードの提案に、私は笑顔となったのだが。 「いえ、先に約束があったのはギルフォード卿との手合わせですから、お気になさらず。ユーフェミア様、手合わせの後、お供いたします」 スザクはきっぱりとそう言い切った。 「それとも、今すぐに出かける用事でもありましたか?」 確かめるようなスザクの言葉に、街へ行く理由を持たない私は首を振るしか無い。 「解りました。では、お二人のお手合わせを見学させてください」 「ええ、もちろん構いませんよ」 スザクとギルフォードはにこやかに笑いながら頷いた。 結果から言うのであれば、見学して良かった。 むしろ今まで彼が訓練する姿を見なかった事が悔やまれた。 ここに集められたものは、運動を好む者が多い。 皇族以外は軍人、あるいは騎士なのだから当然なのかもしれないが、自らの技量を高めるため、彼らは訓練を欠かさないのだ。 そんな彼らが運動をするための施設が屋敷の裏手にあり、私たちはそこへ移動した。 運動用の機械や、器具などが置かれた部屋では無く、広々とした体育館のような場所にやってくると、二人はその部屋の隅に移動した。 それらは刃の無い剣や、棒のような物、知識のない私には解らない武器が沢山あり、二人はその中から迷うことなく剣を選び、対峙した。 緊迫した空気の中、二人が剣を合わせる。 そこから先は、格闘技を一切見ない私には、衝撃的な光景だった。 二人とも、それまでの穏やかな笑顔を一変させ、まるで別人のように鋭い眼光を向けあった。ピリピリとした緊迫した空気野中、二人は剣を振り下ろす。 重く響く金属の音に、二人がとてつもない力で剣を振った事が解った。 「・・・すごい」 それしか言葉には出来なかった。 ギルフォードの繰り出す素早い剣戟を全て自らの剣で受け止め、流し、その隙をつき、剣をふる。だが、その切っ先はギルフォードに触れる直前でピタリと止まり、その後一気に距離を取る。 一方的な試合だった。 ギルフォードは決して弱くはない。 スザクが強すぎるのだ。 剣戟の音に誘われ、嘗て父の円卓の騎士であった者たちが集まってくる。 そして、皆が息をのむのだ。 ルキアーノが駆けるように部屋の隅に置かれた武器を手に取り、無言のままスザクへと躍りかかった。 2対1。 なんて卑怯な。 私は思わず悲鳴を上げたのだが、スザクは鋭いまなざしでルキアーノを認識すると、何事もないかのように、いいえ、まるで最初からそうであったかのように、流れるような動きで二人同時に相手を始めた。 「・・・強い」 ノネットがポツリとつぶやいた。 ルキアーノに続けと、ドロテアとモニカが加わると、流石に不利だと判断したスザクはいったん距離を置いた。だが、体制を立て直すと何も問題はないという様に4人同時に相手をする。4人同時の攻撃でさえ、彼の素早い剣さばきと身のこなしの前では無力。 普段は穏やかで明るい笑顔の、その外見通り心やさしい青年だった。 だが、一度戦いとなれば、彼は鋭い眼光と、凛々しい表情をした、まさに騎士と言うべき青年へと変貌する。 鍛え抜かれたその体で、流れ舞う様に戦う姿は言葉にできないほど美しかった。 どれほどの時間、その姿に見入っていたのだろう。 いつの間にかノネットも加わり、屋敷に居たはずのジノとアーニャも加勢したその戦いは、皆の体力が切れるまで行われた。 全員が肩で息をし、床に座り込んでいる中、立っているのはただ一人、枢木スザク。 「成程。これならば、かの賢帝シャルルが自らの騎士にと望むのも頷ける」 いつの間に来ていたのだろう、ダールトンが大仰に頷いた。 慈愛の姫亡き後、賢帝に仕えた騎士。 本来であれば、騎士に二君は存在しない。 新たな主に使える道は無い。 だが、これだけの力があるのだから、賢帝シャルルが埋もれさせるわけもない。長い歴史の中ブリタニア人だけで構成されていたナイト・オブ・ラウンズに異国の少年が加わったことも、納得できる。 茫然と見つめていた私の視線に気がついたのか、流れる汗を手の項でぬぐい、息を整えながら、スザクはこちらに顔を向け、いつもの穏やかで優しい笑顔を向けた。 まるで太陽のように明るい笑顔だった。 その笑顔に居抜かれたかのように、どきりと、私の胸が高鳴った。 いつも彼に感じる高鳴りよりも、はるかに強いそれ。 ああ、これが、私の騎士なのだ。 私の、騎士。 私の、スザク。 |